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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)1451号 判決

控訴人 被告 川尻炭礦株式会社

訴訟代理人 川村角治

被控訴人 原告 武田木曜

訴訟代理人 猪俣浩三 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、被控訴人において「仮りに被控訴人が控訴会社だけに雇われたものでないとしても、被控訴人は少くとも控訴会社及び吾妻鉱業株式会社の双方に雇われたものであるから、控訴会社は商法第五一一条第一項の規定により、右雇傭契約に基く給料支払債務を吾妻鉱業株式会社と連帯して負担するものである」と述べ、控訴人において被控訴人の右主張事実はこれを否認すると述べた外は、原判決の事実摘示の通りであるからこれを引用する。

証拠として、被控訴人は甲第一、二号証、第三、第四号証の各一、二、第五号証、第六号証の一ないし三を提出し、原審証人万立一雄の証言及び被控訴本人の原審並に当審供述(当審は第一、二回)を援用し、乙第一号証は控訴会社の商業帳簿であることは認めるが内容は不知、同第二号証の一、二は成立を認めると述べ、控訴人は乙第一号証、第二号証の一、二を提出し、原審証人北野栄作、当審証人清水静太郎、市川三郎の各証言及び控訴会社代表者高木国彦の当審供述を援用し、甲第二号証及び同第三号証の一、二に押捺の控訴会社名義の印影が控訴会社使用のゴム印で押捺されたものであることは認めるが右甲各号証の成立は不知、その余の甲各号証の成立はこれを認めると述べた。

理由

原審証人万立一雄、北野栄作、当審証人清水静太郎、市川三郎の各証言、被控訴本人の原審並に当審供述(当審第一回)及び控訴会社代表者高木国彦の当審供述の各一部を綜合すれば、控訴会社と訴外吾妻鉱業株式会社とは同一資本系統の会社であつて、控訴会社の代表者である高木国彦は昭和二九年三、四月当時は右訴外会社の代表取締役でもあり、右両会社の代表者を兼ねていたものであるが、被控訴人は同年四月一日以降右高木国彦から右両会社の資金関係を主とした経理事務を担当してくれとのことで、給料は一ケ月五万円月末支払の約定で雇われたものであつて、右両会社は別個の会社ではあるが、その販売面金融面は相互に関連しており、被控訴人も翌三〇年三月末日の退社に至るまで両会社の金融面を主とした経理事務や販売事務に従事したものであることが認められる。そしてまた、成立に争いのない甲第四号証の一、二、乙第二号証の一、二、当審証人市川三郎の証言により成立を認める甲第二号証、同第三号証の一、二に被控訴本人の当審第二回供述を総合すれば、被控訴人は右勤務中、控訴会社の被傭者としての健康保険に加入しており、その給料も控訴会社のゴム印のおされた給料袋や支払給料明細書付で受取つてもいるが、また反面吾妻鉱業株式会社名義の給料支払明細表も出されており、被控訴人はこれを市民税申告書に添付して藤沢市役所に提出している事実が認められ、また成立に争いのない甲第一号証によれば、控訴会社の代表者である高木国彦は昭和三〇年六月一〇日附を以て、控訴会社と吾妻鉱業株式会社との双方の代表者名義で吾妻商会に宛て、被控訴人の未払給料を、同商会から右両会社に支払うべき石炭代金中より、同月下期以降その計算の都度両会社の勘定より一万円宛を差引き被控訴人に払渡されたき旨の依頼書を発している事実が認められる。

そこで右各事実に照して本件唯一の争点である、被控訴人が控訴会社に雇われたものであるか、吾妻鉱業株式会社に雇われたものであるかの点を考えてみるのに、被控訴人が右両会社の代表者である高木から両会社の仕事をしてくれとのことで雇傭契約が結ばれ、また被控訴人は現実両会社の事務に従事したものであり、右両会社名義の給料明細表が出されている点等から考え、両会社において被控訴人を雇う旨の明かな意思表示がなかつたにせよ(本件雇傭契約では辞令等何等の書面も作成されていない。この点は被控訴本人の原審供述により明かである)、被控訴人は同時に一個の契約を以て右両会社との間に雇傭契約を結んだものと認めるのが相当であつて、原審証人万立一雄、北野栄作、当審証人市川三郎の各証言、被控訴本人の原審並に当審第一回供述、控訴会社代表者高木国彦の当審供述中右認定に反する部分はこれを採用することはできず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

そうすれば被控訴人が控訴会社だけに雇われたものであるとする被控訴人の主張はこれを採用することはできないのであるが、控訴会社と吾妻鉱業との両会社に雇われたものとする予備的主張は正当であり、被控訴人が右両会社に一個の契約を以て雇われたものとすれば、右雇傭契約は商事会社である右両会社の営業のためにせられたものと認むべきであつて、右雇傭契約から生ずる給料支払の債務は右両会社のため商行為たる行為によつて負担せられたものと認められるので、商法第五一一条第一項の規定により、控訴会社は被控訴人に対し右訴外会社と連帯して給料支払の義務を負うものと解すべきである。

そうして被控訴人が右約定給料のうち昭和二九年一〇月分まで及び同年一一月分中四万円の支払を受けたことは被控訴人の自認するところであるが、同月分の残金一万円及び同年一二月分から昭和三〇年三月分に至るまで一ケ月五万円の割合による給料合計金二一万円については、その支払がせられたことについて何等の主張も立証もないのであるから、控訴人は被控訴人に対し、右金二一万円及びこれに対する最終弁済期の翌日である昭和三〇年四月一日以降完済に至るまで商法所定年六分の割合による遅延損害金のうち、被控訴人請求の年五分の割合による金員を支払うべき義務があることは明かであり、その支払を命じた原判決は結局相当であつて、本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九五条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長判事 薄根正男 判事 奥野利一 判事 山下朝一)

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